自社株を従業員に売却する方法とは|メリット・手順・注意点をわかりやすく解説

「後継者がいない」「従業員のモチベーションを高めたい」といった悩みから、自社株を従業員に売却するという選択肢を検討する経営者は少なくありません。自社株を従業員に譲り渡す方法には、直接譲渡と従業員持株会を経由する方法の2つがあり、それぞれ手続きや税務上の取り扱いが異なります。この制度は、単に株式を渡すだけの話ではなく、会社の支配権相続対策、そして従業員側の資産形成にまで関わる、非常に奥の深いテーマです。実際、東京証券取引所の調査によれば、上場企業の8割超がすでに何らかの持株制度を導入しているとされており、非上場の中小企業においても関心が高まっています。ここでは、まず自社株を従業員に売却することの基本的な考え方について整理していきます。

目次

自社株を従業員に売却するとは?基本の仕組み

自社株を従業員に譲渡する主な目的

自社株を従業員に譲渡する目的は、会社の状況によってさまざまですが、大きく分けると3つの方向性があります。それぞれの目的をきちんと言語化しておくことで、制度設計の方向性がぶれにくくなります。以下で、代表的な3つの目的を順番に見ていきましょう。

事業承継・後継者対策としての活用

中小企業の多くが直面しているのが、後継者不在という深刻な課題です。親族に後継者がいない場合、長年会社を支えてきた従業員へ経営を引き継ぐという選択肢が浮かび上がります。このとき、株式を段階的に従業員へ譲渡していくことで、経営権の移行をスムーズに進められる場合があります。また、従業員持株会を活用すれば、支配権を維持しながら相続財産だけを圧縮するという設計も可能とされており、事業承継の一手法として広く認知されています。ただし、後継者としてふさわしい人材がいるかどうかや、資金力の問題など、クリアすべき課題も多いため、慎重な検討が必要です。

従業員のモチベーション・経営参画意識の向上

株式を保有するということは、会社の一員として経営に参加しているという意識を持つきっかけになります。自分が保有する株式の価値が、会社の業績によって上下するとなれば、日々の業務にも自然と力が入るという声も多く聞かれます。とくに中小企業では、社員一人ひとりの働きが会社の成長に直結しやすいため、この効果はより顕著に表れるといわれています。経営者にとっても、従業員の当事者意識が高まることは、組織全体の生産性向上につながる可能性がある取り組みです。モチベーション向上を主目的とする場合は、譲渡する株式の割合や対象者の範囲を慎重に設計することが重要になります。

福利厚生の一環としての位置づけ

自社株の譲渡は、福利厚生策としての側面も持っています。給与や賞与とは別に、株式という形で従業員に還元することで、長期的な資産形成を支援できるという考え方です。とくに従業員持株会を通じた積立方式であれば、少額からコツコツと株式を取得できるため、従業員にとって始めやすい制度といえるでしょう。奨励金制度を組み合わせることで、実質的な購入価格を抑えられる場合もあり、福利厚生としての魅力を高める工夫がなされています。採用活動においても、こうした制度の有無が候補者への訴求材料になるケースがあるようです。

従業員への売却で用いられる2つの方法

自社株を従業員に売却する際には、主に2つの方法が用いられます。どちらの方法を選ぶかによって、手続きの煩雑さや税務上の評価方法が変わってくるため、それぞれの特徴を理解しておく必要があります。以下の表で、2つの方法の違いを簡単に整理してみましょう。

項目直接譲渡従業員持株会経由
譲渡先従業員個人持株会(組合)
株価算定原則的評価方式が中心配当還元方式が適用され得る
名義従業員個人名義持株会代表者名義で一括管理
対象者特定の従業員に限定しやすい幅広い従業員が対象になりやすい

それぞれの方法について、次から詳しく見ていきます。

報酬・直接譲渡として従業員に売却する方法

直接譲渡とは、オーナーが保有する株式を、特定の従業員に対して個別に譲渡する方法です。株式報酬制度の一環として活用されるケースもあり、事前に決めておいた価格で株式を取得できる権利を付与する、いわゆるストックオプションの形が用いられることもあります。この方法のメリットは、譲渡対象や割合を柔軟に決められるという点にあります。たとえば、経営に深く関与してほしい特定の幹部社員だけに株式を持たせたい場合には、この直接譲渡の形が適していると考えられます。一方で、譲渡制限株式である場合には株主総会などの承認手続きが必要になるほか、株価算定の方法によっては税務上の論点が生じることもあるため、進め方には注意が必要です。

従業員持株会を通じて売却する方法

従業員持株会とは、従業員が共同で自社株を購入・保有するための組織であり、多くの場合、民法上の組合として設立されます。この方法では、オーナーが持株会に対して株式を譲渡し、持株会の会員である従業員が、その持分に応じて株式の実質的な利益を受け取る仕組みになっています。組合として設立する場合、登記が不要で、収益事業を行わなければ税務申告も不要とされているため、比較的簡易に立ち上げられる点も特徴のひとつです。また、持株会は同族関係者以外の株主として扱われることが一般的であり、株価の算定において配当還元方式が適用され得るケースに該当することがあります(詳細は後述します)。参加できる対象を正社員に限定するなど、規約の設計次第で柔軟な制度運用が可能とされています。

従業員持株会とは?仕組みと運営の流れ

ここからは、従業員持株会という制度そのものについて、より詳しく掘り下げていきます。「持株会」という言葉は知っていても、実際の仕組みや運営の流れまで理解している人は意外と少ないかもしれません。制度の全体像を把握しておくことで、自社に導入すべきかどうかの判断材料になるはずです。

従業員持株会の基本的な考え方

従業員持株会とは、従業員に会社の株式を取得・保有させることを目的とした制度です。従業員が毎月の給与から一定額を積み立て、それを原資として持株会が自社株を購入し、積立額に応じて各従業員に持分を配分するという流れが一般的です。東京証券取引所が公表している調査によれば、上場企業のうち多くの会社がこの持株会制度を導入しており、導入企業数は増加傾向にあるとされています。非上場企業の場合であっても、事業承継対策や福利厚生の観点から、この制度を導入する動きが広がっています。なお、持株会と混同されやすい制度にストックオプションがありますが、両者は仕組みや目的が異なるため、区別して理解しておくことが大切です。

持株会運営の主なステップ

従業員持株会は、いくつかのステップを経て運営されるのが一般的です。ここでは、加入から株式の売却・引き出しまでの、代表的な5つのステップを順に解説していきます。

加入と給与天引きによる積立

まず、制度への参加を希望する従業員が、持株会へ加入する手続きから始まります。加入後は、毎月の給与やボーナスから決まった金額が給与天引きされ、自動的に積み立てられていく仕組みです。この方式であれば、証券口座を自分で開設するといった手間もなく、継続的な積み立てを無理なく続けられるというメリットがあります。少額からスタートできる制度設計にしておくと、若手社員でも参加しやすくなるでしょう。

積立金を原資とした自社株の購入

持株会は、従業員から集めた積立金をもとに、定期的に自社株を購入していきます。非上場企業の場合は市場での売買ができないため、オーナーからの譲渡や、会社が保有する自己株式の活用によって株式を確保する流れになることが一般的です。単元未満株でも購入できる制度設計にしておくことで、より多くの従業員が無理なく参加できるようになります。

積立額に応じた持分の配分

購入した株式は、各従業員が積み立てた金額に応じて、持分として配分されます。ただし、株式の名義は個人ではなく持株会の代表者名義となるのが一般的な運用方法です。これにより、株主名簿の管理業務が簡素化されるという利点があり、会社側の事務負担軽減にもつながります。

配当金の受け取りと再投資

会社が配当を実施する際は、まず配当金が持株会にまとめて支払われ、その後、各従業員の持分に応じて分配される流れになります。多くの持株会では、分配された配当金をそのまま再投資に回す仕組みを採用しているとされており、複利効果を活かした資産形成が期待できます。ただし、規約によっては現金での受け取りを選択できる場合もあるため、制度設計時に検討しておくとよいでしょう。

退職時などの売却・引き出し

従業員が退職する場合や、まとまった資金が必要になった場合には、保有する株式を売却して現金化することが可能とされています。ただし、非上場企業の場合は市場での売却ができないため、会社が買い取る方法を規約であらかじめ定めておく必要があります。売却できるタイミングや手続き方法については、各持株会の規約に従うことになるため、退会時のルールを事前に明確化しておくことが、後のトラブル防止につながります。

奨励金制度の一般的な仕組み

従業員のさらなる参加意欲を高めるために、多くの持株会では奨励金制度が併用されています。一般的には、従業員の積立金に対して5%から10%程度の補助金を上乗せする形が採用されているようです。たとえば、従業員が毎月5,000円を積み立てる場合、10%の奨励金が適用されると、実質的に5,500円分の株式を購入できることになります。なお、奨励金は税務上、給与所得として扱われ、源泉徴収の対象になるとされているため、導入時には従業員への丁寧な説明が欠かせません。奨励金の支給条件は、部署や役職によって差をつけず、公平性を保つように設計することが望ましいとされています。

配当金の計算方法(参考例)

持株会の配当金は、まず企業から持株会に一括して支払われ、その後、各従業員の持分に応じて分配される仕組みです。以下に、あくまで参考としての計算例を示します。

項目内容
1株あたりの年間配当金額10円と仮定
持株会全体の保有株式数10,000株と仮定
持株会への配当金入金額10円 × 10,000株 = 100,000円
従業員個人の持分1,000株相当と仮定
従業員への分配額10円 × 1,000株 = 10,000円

このように、持分に応じて配当金が按分される仕組みになっており、なお受け取った配当金には所得税や住民税が課税される点にも留意が必要です。実際の配当額や税額は会社の業績や個々の状況によって異なるため、正確な金額については税理士へ確認することをおすすめします。

自社株を従業員に売却する価格の考え方

自社株を従業員に売却する際に、もっとも悩ましいポイントのひとつが株価の算定方法です。非上場株式には市場価格が存在しないため、独自の評価方法にもとづいて価格を決定する必要があります。ここでは、一般的に用いられる評価方式の考え方について解説していきます。

非上場株式の主な評価方法

非上場株式の評価方法は、大きく分けて原則的評価方式配当還元方式の2種類に分類されるとされています。どちらの方式が適用されるかは、株式を取得する側の議決権割合や、会社への支配力によって判定される仕組みです。以下で、それぞれの評価方式について詳しく見ていきましょう。

原則的評価方式(純資産価額方式・類似業種比準方式)

原則的評価方式には、純資産価額方式類似業種比準方式の2つの計算方法があります。純資産価額方式は、会社の純資産を発行済株式数で割ることで、会社が解散したと仮定した場合に株主へ分配される財産の価値を評価する方法です。一方、類似業種比準方式は、業種が似ている複数の上場会社の株価をもとに、評価対象会社の配当金額・利益金額・純資産価額を比較して算出する方法とされています。一般的に、会社の経営に強い影響力を持つ同族株主が株式を取得する場合には、この原則的評価方式が適用されるケースが多いといわれています。どちらの方式を用いるか、あるいは両者を併用するかは、会社の規模区分によって変わってくるため、専門家による確認が推奨されます。

配当還元方式が適用され得るケースと判定の考え方

配当還元方式とは、株式を所有することで受け取る1年間の配当金額を、一定の利率で還元して株式の価値を評価する方法です。国税庁の解説によれば、同族株主以外の株主が取得した株式については、発行会社の規模にかかわらず、原則的評価方式に代えてこの配当還元方式が用いられるとされています。一般的な計算式は、次のような形で表されます。

配当還元価額=(年間配当金額 ÷ 10%)×(1株あたりの資本金等の額 ÷ 50円)

この方式は、経営への影響力が小さい少数株主にとって、通常よりも低い評価額になりやすいという特徴があります。そのため、従業員持株会に対して株式を譲渡する場合、この配当還元方式が適用され得るケースに該当することがあり、比較的低い価格での譲渡が可能になる場合があるとされています。ただし、どの株主が配当還元方式の対象になるかは、議決権割合や続柄にもとづく細かな判定基準が設けられているため、個別の当てはめについては専門家の確認が不可欠です。

従業員持株会に売却する場合に価格が抑えられ得る理由

従業員持株会は、経営を支配するような同族関係者には該当しない株主として扱われることが一般的です。そのため、持株会に対する株式の譲渡においては、配当還元方式が適用され得るケースに当たり、原則的評価方式と比較して低い価格での取引が可能になる場合があるとされています。これにより、オーナー側は保有株式を圧縮しながら現金を受け取ることができ、相続財産の圧縮につながる可能性があるという指摘もあります。ただし、この取り扱いはあくまで持株会が制度の趣旨に沿って実態を伴って運営されている場合の話であり、形式だけを整えたものと判断されると、後述するような税務上のリスクが生じ得る点には注意が必要です。

役員である従業員など配当還元方式の対象外となり得るケース

配当還元方式は、すべての従業員に無条件で適用されるわけではない点に、とくに注意が必要です。たとえば、同族関係にある従業員や、社長・専務・常務など会社の役員を兼ねている従業員については、配当還元方式の対象から外れる可能性があるとされています。「従業員だから安心」と考えていた株主が、実は会社の役員を兼務していたために原則的評価方式が適用され、想定より高い評価額になってしまうというケースも起こり得るため、事前の確認が欠かせません。このような判定は非常に専門的な内容を含むため、株式を取得する従業員一人ひとりの立場を丁寧に整理したうえで、税理士に確認しながら進めることが望ましいでしょう。

自社株を従業員に売却するメリット

自社株を従業員に売却することには、オーナー・会社側と従業員側の双方にとって、さまざまなメリットがあるとされています。ここでは、それぞれの立場から見たメリットを整理して解説していきます。

オーナー・会社側のメリット

まずは、株式を売却する側であるオーナーや会社にとってのメリットから見ていきましょう。

支配権を維持しながら相続財産を圧縮できる可能性

オーナーが保有する株式の一部を従業員持株会に譲渡することで、議決権割合を調整しながら、相続財産としての株式評価額を圧縮できる可能性があるとされています。たとえば、譲渡する株式の割合を3分の1未満にとどめておけば、オーナーが総議決権の3分の2以上を保有し続ける形になるため、一般的には、経営の支配権を維持しやすくなると考えられています。このように、支配権の維持と相続対策を両立できる可能性がある点は、事業承継を検討するオーナーにとって大きな魅力といえるでしょう。

株式の社外流出を防止できる

従業員持株会の規約には、一般的に株式の譲渡制限や不所持に関する条項が盛り込まれます。たとえば、退会時には持株会が定めた価格で持分を引き取り、現金で精算するといったルールを設けることで、株式が第三者へ流出することを防止できる場合があります。このような設計により、オーナーが望まない相手に株式が渡ってしまうリスクを抑えられる点も、大きなメリットのひとつです。

親族外承継の受け皿になり得る

近年、親族内に後継者がいない中小企業が増加しているといわれています。こうした状況において、従業員持株制度は親族外承継の橋渡し役を担うことがあるとされています。株式を段階的に従業員へ移していくことで、後継者不在という課題への対応策のひとつになり得るでしょう。

従業員側のメリット

続いて、株式を取得する従業員側から見たメリットについて解説します。

少額から始められる計画的な資産形成

持株会を通じた積立方式であれば、月々数千円程度の少額からでも株式投資を始められるという手軽さがあります。給与天引きによる自動的な積み立てのため、投資の知識や経験があまりない従業員でも、無理なく継続しやすいというメリットがあるでしょう。長期間にわたってコツコツ積み立てることで、将来的にまとまった資産を形成できる可能性がある点も魅力です。

奨励金・配当による資産運用面の利点

奨励金制度が併用されている場合、市場価格より有利な条件で株式を取得できる可能性があります。一般的に5%から10%程度の奨励金が上乗せされるとされており、投資開始時点から一定の優位性を持てるとも考えられています。また、業績に応じた配当金を受け取れる点も、従業員にとっての資産運用面でのメリットといえるでしょう。

自社株を従業員に売却する際のデメリット・注意点

メリットがある一方で、自社株を従業員に売却することには、いくつかのデメリットや注意点も存在します。導入を検討する際には、これらのリスクについてもきちんと理解しておくことが重要です。

オーナー・会社側の注意点

まずは、オーナーや会社側から見た注意点を確認していきましょう。

議決権割合と支配権への影響

株主総会で定款変更や事業譲渡などの重要事項を決定する特別決議では、原則として出席株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要とされています。そのため、オーナーが従業員に譲渡する株式の割合を誤ると、経営における重要な意思決定の場面で、単独では特別決議を可決できなくなるなど、決定権が弱まってしまう可能性があります。株式を譲渡する際は、あらかじめ議決権比率のシミュレーションを行い、支配権に影響が出ない範囲にとどめることが望ましいでしょう。

制度設計を誤った場合のリスク

従業員持株制度は、設計を誤ると思わぬリスクを招くことがあるとされています。たとえば、持株会が株主となることで、株主代表訴訟を誘発する可能性も指摘されています。また、オーナーの支配権確保や将来の承継方法、買取価格などについて、経営面と税務面の両方を踏まえた検討をしておかないと、かえって逆効果になってしまう可能性もあるため注意が必要です。

配当継続への期待と負担

持株会に参加した従業員は、一定の配当を期待して加入するケースが多いといわれています。そのため、業績の低迷によって高額な配当が実現できなくなると、従業員の間で不信感が生まれ、新規加入者が集まりにくくなる可能性があります。また、高齢化などによって退会者が増加し、換金の集中によって制度の維持が難しくなる可能性もある点には留意が必要です。

従業員側の注意点

続いて、株式を取得する従業員側の注意点を見ていきます。

株価下落・元本割れのリスク

持株会は、通常の株式投資と同様に、元本割れのリスクを伴います。とくに退職時に株価が大幅に下落していた場合、長年の積み立てが期待どおりの成果につながらない可能性がある点には注意が必要です。このリスクについては、加入前に従業員へしっかりと説明しておくことが望ましいとされています。

資産集中のリスク

持株会のみに資産形成を頼ってしまうと、収入源と投資先が同じ会社に集中することになります。万が一、勤務先の経営が悪化した場合には、収入と資産の両方が同時に影響を受けてしまう可能性があるため、注意が必要です。「卵は一つのカゴに盛るな」という格言があるように、iDeCoやNISAなど他の投資商品と組み合わせた分散投資の重要性についても、従業員へ情報提供しておくことが望ましいでしょう。

換金性の低さ

非上場企業の株式は、市場での売買ができないため、換金性が低いという特徴があります。売却手続きに時間がかかったり、売却可能な時期に制限があったりする場合もあり、急に資金が必要になった際にすぐ対応できない可能性がある点は、あらかじめ伝えておくべきでしょう。

自社株を従業員に売却する手続きの流れ

ここでは、実際に自社株を従業員へ売却する際の、具体的な手続きの流れについて解説していきます。直接譲渡の場合と、従業員持株会を設置する場合とで、進め方が異なりますので、それぞれ分けて見ていきましょう。

報酬・直接譲渡として売却する場合の流れ

直接譲渡を行う場合は、比較的シンプルな流れで進められるとされています。

株価算定を行う

まず最初に行うべきなのが、株価算定です。非上場株式を従業員へ譲渡する場合は、原則的評価方式もしくは配当還元方式にもとづいて株価を算定することが一般的です。どちらの方式が適用されるかは、譲渡を受ける従業員の立場(役員かどうか、議決権割合など)によって変わってくるため、事前に丁寧な確認が必要になります。

譲渡制限株式の承認手続き

対象となる株式が譲渡制限株式である場合には、株主総会や取締役会など、定款で定められた機関の承認を得る必要があります。非上場の中小企業では、多くの場合オーナーが支配株主であるため、承認手続き自体に大きな障壁が生じることは少ないとされていますが、形式的な手続きを省略せず、きちんと議事録を残しておくことが望ましいでしょう。

株式譲渡契約と名義書換

承認手続きが完了したら、株式譲渡契約書を作成し、譲渡の条件を明確にしたうえで契約を締結します。契約締結後は、株主名簿の名義書換を行い、正式に株主としての地位を移転させる流れになります。この一連の手続きを怠ると、後々のトラブルの原因になりかねないため、書類の整備は徹底しておきましょう。

従業員持株会を設置して売却する場合の流れ

従業員持株会を新たに設置する場合は、以下のような流れで進めていくことになります。

参加対象となる従業員の範囲を決める

まず、持株会への参加資格をどの範囲の従業員に与えるかを決定します。一般的には、正社員や子会社の社員が対象となり、パート・アルバイトなどは対象外とされるケースが多いようです。参加資格の範囲は、公平性とのバランスを考慮しながら慎重に検討することが望ましいでしょう。

持株会規約の作成

続いて、持株会規約を作成し、制度全体の枠組みを整えていきます。規約には、入会・退会の条件、拠出金の金額、奨励金の割合、株式の購入・配分方法、退会時の持分精算方法などを、具体的に明記しておく必要があります。この規約が制度運営の土台となるため、専門家の助言を受けながら、抜け漏れのないよう作成することが重要です。

従業員向け説明会の実施

規約が完成したら、対象となる従業員に向けて説明会を実施します。制度の仕組みやメリットだけでなく、株価下落リスクや資産集中リスクといったデメリットについても、包み隠さず説明することが望ましいとされています。十分な情報提供のもとで、従業員自身が加入するかどうかを自主的に判断できる環境を整えましょう。

売却(譲渡)の実行

最後に、オーナーから持株会への株式譲渡を実行します。譲渡制限株式である場合は、会社の承認手続きを経たうえで、持株会に対して株式を移転させます。実行後は、持株会の代表者名義で株式を一括管理し、各従業員の持分を記録・管理していく体制を整えることになります。

売却価格と税務上の注意点

自社株を従業員に売却する際には、税務上の取り扱いについても正しく理解しておく必要があります。とくに、適正な価格から乖離した取引を行った場合には、想定していなかった課税が生じる可能性があるため注意が必要です。

譲渡益にかかる税金の考え方

オーナーが株式を売却して利益(譲渡益)を得た場合、その利益に対しては譲渡所得税が課税されるとされています。非上場株式の譲渡による所得は、給与所得などとは分離して計算される申告分離課税の対象とされており、一般的には所得税15.315%と住民税5%を合わせた、20.315%程度の税率が目安とされています。正確な税額の計算については、個別の状況によって異なるため、税理士へ相談することをおすすめします。

適正な時価より低い価格で売却した場合に生じ得る課税

株式を適正な時価よりも著しく低い価格で売却した場合、税務上のリスクが生じる可能性があるとされています。どのような課税関係が生じ得るのか、具体的に見ていきましょう。

譲受人側に生じ得るみなし贈与課税

個人であるオーナーから、個人である従業員(あるいは持株会の構成員である従業員個人)へ株式を著しく低い価格で譲渡した場合、その差額について、譲り受けた側にみなし贈与課税が生じる可能性があるとされています。これは、個人間の取引においては、実際の対価額と時価との差額について贈与があったとみなされる場合がある、という考え方にもとづくものです。なお、著しく低い価額に該当するかどうかの判定基準は、個々の具体的な事情に応じて判断されるとされており、画一的な数値基準があるわけではない点にも留意が必要です。

適正な時価の考え方と判定の留意点

株式の譲渡における「適正な時価」は、譲り受ける従業員が同族株主に該当するかどうかによって、原則的評価方式による価額か、配当還元方式による価額か、基準となる考え方が変わってくるとされています。たとえば、譲渡によって議決権割合が変化し、取得後に同族株主として区分されるようなケースでは、想定していた配当還元価額ではなく、原則的評価方式による価額が適正な時価とみなされる可能性がある点に注意が必要です。このように、時価の判定は取得後の議決権割合まで踏まえて行う必要があるため、譲渡を実行する前に、専門家による確認を経ておくことが望ましいでしょう。

実態のない持株会に対する税務上の留意点

従業員持株制度を活用したスキームは、あくまで持株会という制度の趣旨を踏まえたうえで認められているものとされています。そのため、専ら課税を回避する目的で、実態のない持株会を形式的に設立してスキームを利用した場合には、有効な取引として認められない可能性があるとされています。場合によっては、課税を不当に免れたものとして、延滞税や加算税などのペナルティが課される可能性も指摘されているため、持株会は名実ともに機能する組織として運営することが重要です。

種類株式を活用したリスク対策

自社株を従業員に譲渡する際には、種類株式を活用することで、さまざまなリスクに備えることができるとされています。会社法では、内容の異なる株式を発行できる制度が定められており、これをうまく活用することで、オーナーの支配権を守りながら株式を分散させることが可能になります。

議決権制限株式の活用

議決権制限株式とは、株主総会における議決権の行使を制限した株式のことをいいます。会社法108条1項3号に定められているこの制度を活用すれば、従業員に株式を保有させながらも、経営に関する議決権行使を制限することが可能になるとされています。経営への関与よりも配当を目的として株式を保有したい従業員にとっても、この設計は受け入れやすいものといえるでしょう。なお、公開会社においては議決権制限株式の発行数に一定の制限が設けられていますが、非公開会社である多くの中小企業においては、その点は基本的に問題になりにくいとされています。

譲渡制限株式の活用

譲渡制限株式とは、株式を第三者に譲渡する際に、会社の承認を必要とする株式のことです。会社法108条1項4号にもとづくこの制度を活用することで、従業員が保有する株式が、会社の知らないうちに第三者へ流出してしまうリスクを抑えることができるとされています。中小企業の多くは、この譲渡制限株式の仕組みをすでに導入しているケースが一般的であり、株式の社外流出防止策として広く活用されています。

取得条項付株式による退職時対応

取得条項付株式とは、一定の事由が発生した場合に、会社が株式を強制的に取得できる株式のことをいいます。会社法108条1項6号にもとづくこの制度を活用すれば、たとえば従業員が退職した際に、退職者が保有する株式を会社が買い取れるよう、あらかじめ定款で定めておくことが可能とされています。これにより、退職者の手元に自社株が残り続けることによる、株式管理の複雑化や社外流出のリスクを未然に防げる可能性があるでしょう。

自社株を従業員に売却する前に確認したいこと

自社株を従業員に売却する前に、いくつか確認しておきたい実務上のポイントがあります。最後に、導入前のチェックポイントを整理しておきましょう。

買取価格・買取資金の準備

従業員が退職する際などに株式を買い取る場合、その買取資金をあらかじめ準備しておく必要があります。買取価格の算定方法や、資金の調達方法について事前にルールを定めておかないと、いざというときに資金繰りに苦労してしまう可能性があるため、早めの準備が重要です。

出口戦略(換金ルール)の明確化

非上場企業の場合、株式を市場で売却できないため、出口戦略(換金ルール)を明確にしておくことが欠かせません。退会時の価格算定方法や、買い取りの手続きについて具体的にまとめ、従業員へあらかじめ周知しておくことで、後々のトラブルを防ぐことにつながるとされています。

専門家に相談すべきポイント

自社株の従業員への売却は、会社法・税法の両面にまたがる専門的な判断が求められる取り組みです。株価算定の妥当性、種類株式の設計、持株会規約の内容など、判断に迷う場面が多く出てくるはずです。そのため、実行前には税理士や弁護士など、それぞれの専門分野に精通した専門家に相談しながら進めることを強くおすすめします。

自社株の評価・売却でお悩みの方は株式会社繁栄 少数株Laboへご相談ください

ここまで見てきたように、従業員が持株会や直接譲渡を通じて取得した自社株は、非上場株式であるがゆえに換金性が低く、退職や資金が必要になったタイミングで「売りたくても売れない」という状況に陥りやすいという特徴があります。また、オーナー自身にとっても、適正な株価の把握は簡単ではありません。株式会社繁栄が運営する少数株Laboでは、こうした非上場株式・少数株式の売却や評価に関するご相談を承っています。こんなお悩みをお持ちの方は、ぜひご相談ください。

  • 従業員持株会を退会することになったが、株式をどう現金化すればよいかわからない
  • 会社に株式の買い取りを断られてしまった
  • 保有している自社株の評価額がわからず、判断に困っている
  • 少数株主として株式を持っているが、そろそろ売却したい
  • 株式の価値を確認したうえで、適切に対応したい

少数株Laboでは、非上場株式の参考算定を無料で実施しており、保有継続や第三者への譲渡など、状況に応じた現実的な進め方をご提案します。弁護士・税理士など各分野の専門家とも連携しているため、法務・税務にまたがる複雑な論点にも対応可能です。「まず話を聞いてほしい」という段階からでも、お気軽にお問い合わせください。株Laboでは、無料相談を受け付けています。「まず話を聞いてほしい」という段階からでも、お気軽にお問い合わせください。豊富な解決実績を持つ専門スタッフが、あなたの状況に合った最適な方法を一緒に考えます。

まとめ|自社株の従業員への売却は制度設計と専門家相談が鍵

ここまで、自社株を従業員に売却する方法について、目的・仕組み・価格の考え方・メリットとデメリット・手続きの流れ・税務上の注意点・種類株式によるリスク対策まで、幅広く解説してきました。自社株を従業員に売却するという選択肢は、事業承継対策にも従業員のモチベーション向上にもつながり得る、非常に有効な手段のひとつです。一方で、株価算定の方法を誤れば想定外の課税が生じる可能性があり、制度設計を誤れば会社の支配権に影響が及ぶリスクも存在します。だからこそ、直接譲渡と持株会経由のどちらを選ぶか、種類株式をどう組み合わせるか、といった一つひとつの判断を、専門家の意見を取り入れながら丁寧に進めていくことが大切です。自社の状況に合った制度設計を行い、オーナーにとっても従業員にとっても納得感のある形で、自社株の売却を実現していきましょう。

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